読書日記のページ

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2016年5月22日更新


はじめまして、の方へ


読書日記


2016年5月22日

@niftyの@homepage終了(2016年9月29日15時予定)に伴って、再度過去のホームページを引っ越ししました。

http://tsysoba.c.ooco.jp/

に移行しました。カウンターを付けていたのですが、それもサービス終了らしいので、削除しました。

移行してみて、ちゃんとサイト内のリンクを相対パスで書いてて偉いぞ昔の自分、とか思ったり。

現行の読書日記は読書日記のページをご覧ください。ほぼ開店休業ですが、極くたまに更新してます。

2004年2月9日

 旧infowebの個人ホームページのサービスが終了するとのことなので、止むを得ず、

http://homepage3.nifty.com/tsysoba/

に、ここに置いてあったページを全て移行することになりました。消してしまいたいものもあるような気もするけれど、まあ、一度公開したものは残しておくのが筋だと思うので。

 新しい読書日記のページもよろしく。

2003年12月29日

 ココログへの移行を試み中。とりあえず、新装・読書日記のページをご覧ください。ただし、Weblogなので、ブラウザを選ぶかも。

2003年12月14日

 うーむ、また間が空いてしまった。なんとか、修士論文を書き終わったので、ようやく再開である。

 とはいえ、あんまりネタが……。とりあえず、最近読み終ったのは、山本義彦編『清沢洌評論集』(岩波文庫)だったりする。米田英一が、「日経コンピュータ」のサイトの購読者向けページで連載していた、「震言・辛言」というコラムがあったのだけれど、そこでこの程度は読んでおいてほしい、という感じで勧めていたので、ついつい買ってしまった。

 米田英一という人は、東芝でコンピュータ畑を歩いてきた人なのだけれど、リベラル親父、ここにあり、という感じで、コラムはめちゃくちゃ面白かった。なるほど、教養というものの有効性は死んではいない、というのを実感させてくれるコラムだったのだが、既に連載は終了している。本にならんかなあ。

 清沢洌という人は、1920年代から1945年に亡くなるまでに主に活躍したジャーナリスト/評論家で、戦争中に書いていた『暗黒日記』で知られている。この『評論集』は、『暗黒日記』のように、(少なくとも同時代に)発表することを前提とせずに書いたものとは違って、発表された文章から編まれたものだ。それだけに、徹底した言論統制を受けつつ、戦争に熱狂する読者を相手に、いかに自らの思想を語るか、という壮絶な戦いの記録として読めてしまう。リベラルであるということは、(今もそうなってきているけれど)しんどいことなのだなあ。

 ちょうど今、テレビでは、イラクのフセイン元大統領の身柄が米軍によって拘束された、という記者発表が放送されている。こういうときに、一方的な方向に引きずられずに思考する、という困難さを自覚するためには、あまりにもタイミングが良過ぎたかも。

2003年7月23日

 うーん、週1更新もなかなかできないなあ。

 とりあえず、岩田博『ひとり出版社「岩田書院」の舞台裏』(無明舎出版, 2003)を読了。人文科学系学術出版社である岩田書院の新刊案内の裏側に掲載された、ちょっとしたエッセイを集めたものだが、新刊が1冊出るごとに書かれているので、ある意味で、この出版社の歴史を語る1冊になっている。人文系学術書の出版社がどれだけ厳しい条件でその事業を続けているのか、そのさわりだけ(書いていないことはこの百倍じゃあ、きかないだろう、きっと)触れることができる。それにしても、こういう部数(本書には、何部刷ったとか、そういう話がリアルに出てくるのである)、ってことは、大学図書館でも、あんまり買ってないんだなあ。いいのか?

 著者一人で始めた出版社である(最近では、編集はフリーの編集者に、倉庫管理と受発注業務は倉庫会社に委託しているとのこと。そうでないと、これだけのタイトル数は管理できないし、出せないよなあ)岩田書院は、歴史・民俗学を中心にしたラインナップで知られているが、実は、文書館関係の出版物でもいいものを出していて、私もそれで知った口。以来、送られてくる新刊案内を楽しみにしているのだが、実は、Webサイトでも公開されているのだった。でも、新刊案内のおまけとして書かれているところがミソで、あくまで「おまけ」的な軽さが、かえって本音の部分を書きやすくさせているような気がしている。これからも、「おまけ」として続けて欲しい、というか、何よりも、出版社として続いてほしいと切に思う。

2003年7月13日

 またまた今更だが、山本鈴美香『7つの黄金郷』(中公文庫コミック版, 2003)の6巻の巻末付録に驚愕。

 山本鈴美香の最高傑作との呼び声も高い、あの未完の傑作の続きのネーム、30ページ分が掲載されているのだ。1993年に描かれた(書かれた)ものというから、中央公論社から愛蔵版が出たときのものだろうか。既に10年が経過している。

 ネームだけとはいえ、希代のストーリーテラーとしての山本鈴美香が(少なくとも、10年前にはまだ)失われていなかった、ということを知ることができたのは、何よりの収穫だった。多分、いや、まず間違いなく、復活の奇跡は起こらないのだとは思うのだけれど、可能性が少しでも残されている間は、希望を捨てるのはやめておこう。

2003年7月12日

 新しい日記のテストは挫折したまま、世の中はBlogの時代になってしまった。まあ、一年以上もほったらかしておけば、時代も変わるわなあ。さすがはドッグイヤーというだけのことはある。

 Blogの、日記でありながら、同時にコミュニケーションツールでもある、というところが面白そうだなあ、と思いつつ、とりあえず、初心に戻ってHTMLベタ書きで、地道にちょっとずつ再開しようか、と思っている。まあ、最大でも週一回が更新の限度だとは思うのだけれど。

 さて、読書の話だが、先日やっと、橋本治『[増補]浮上せよと活字は言う』(平凡社ライブラリー, 2002)を読了した。相変わらず、肝心なところに来ると「ただ、それだけのことだ」と言い切って終わりにされてしまうのはちょっと閉口するが、それでも、こんな文章を書かれると、それだけでもう降参だ。ちょっと長めになってしまうが、引用しておこう。

日本人は、一体"分かる"ということを、どのように考えているのだろうか? "分かる"ということに時間をかけてはいけないのだろうか? すべてが"すぐに分かる"ということでなければ、何か不都合でも起こるというのだろうか? たとえ分からなくても、「なんだ、大したことないのか」の一言が言えさえすればそれでいいのだろうか? "分かる"ということが、現在の自分の行き詰まりを打開して新たな行動の喚起を生み出すことだと知って、それで"分かる"ということを拒絶しているだけではないのだろうか? 駅前の立ち食いソバのような"手っ取り早い分かり方"だけを選択して、役にも立たない"情報"なるものを、すぐに捨てられてしまうビジネス手帳の一頁に綴り込んで、それでどうしようというのだろう? そんなことは、ただ状況の停滞を進めるだけだ。"分かる"ということは、そのことによって全く新しい視野を切り開いて、恐れることなく未知の領域に進み込んでいくことなのに、どうしてこうも日本人は、自分の頭で考えて分かることをいやがるのだろう? そんなに"忙しい"のだろうか? 忙しいということを口実にして、停滞の中にいる自分自身をごまかしているだけなんじゃないんだろうか?(p.24-25)

 日本の社会で図書館や、博物館が今一つぱっとしてきれないのは、"分かる"ために時間と手間をかける、という習慣をどこかで切り捨ててしまったからなのかもしれない。とにかくやってみよう、というのは、一見すると格好いいのだけれど、やってみる前に状況と対策を理解するための努力をそれなりにした上で("分かる"ための努力をした上で)なければ、あまり効果的だとは思えない。それこそ「状況の停滞を進めるだけだ」。理屈だけで何ができる、という「理屈」も分かるが、理論のない実践だけで十年後、二十年後の社会をデザインできるはずもなかろうに……と、偉そうに書いているが、要するにただの仕事の愚痴である。ああ、再開一発目が愚痴からスタートとは、どうも幸先悪いなあ。

 何にしても、偉そうに人のことを言う前に、自分が頭を使わないといかんか。

2002年2月25日

 とりあえず、こちらで新しい日記のテスト中です。(2002.2.25記)


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